2011年8月1日月曜日

手術のこと

やっとパソコンにむかえるようになりました。
手術前後のことを忘れないうちに。

手術日は朝から絶食、朝の浣腸後、手術着に着替える。前日より麻酔科からもらった胃薬を飲む。

研修医の男性に、点滴の針をさしてもらう。その後、手術着に着替えると点滴装着。

手術後一日過ごす回復室にベッド移動。私自身は点滴をガラガラひっぱって歩いていく。ベッドと戸棚と荷物は看護師さんたちが運んでくれる。

手術の時間となり、ストレッチャーが運ばれてくる。それに寝て、ガラガラと手術室まで運ばれる。

手術室の手前に家族控え室がある。うちの母はあっさりしているので、特に励ましの言葉もなく、控え室に行く。分厚い本を持って。

私はそのまま手術室に運ばれる。麻酔科の医師(説明した人とは違う人、男女1名ずつ)が元気よく挨拶。看護師さんも挨拶。なんだか宗教のように明るい挨拶だった。

手術用のベッドに移動する。頭にシャワーキャップみたいなのをかぶせられ、足に血栓防止のポンプがつけられる。心電図や、色々な管がつけられる。

まず背中に痛み止めの注射をする。その後、背中に部分麻酔の注射。痛み止めを入れているので麻酔注射は痛くないが、太い針が入っていくのがわかる。

その後、酸素マスクがつけられ、点滴に麻酔が装着される。目をあけていたが、数秒で意識がなくなる。

次に気がついたときには手術が終わってた。名前を呼ばれて目を覚ました途端に激痛が!!!!
全身麻酔が切れても部分麻酔が効いてるから痛くないって言ってたのに!!! 痛いじゃん!!!!!

それから、トイレにも行きたい感じがしたので、それを訴えると、「お小水のカテーテルが入っているからそんな感じがするんですよ」と。

部屋に運ばれ、痛み止めの筋肉注射をされる。部屋についたとたん、また酸素マスクを入れられる。足はポンプをつけたまま、汗が噴出してくるも身体を動かすこともできなかった。

一時間ごとに熱と血圧と血中酸素を測られる。血圧は70台まで下がり、熱は38度前後。38.5度以上が続かない限り、解熱剤は入れないそう。傷を治すための熱だからなのだそうだ。

時間がわからないので母に聞くと、15時近かった。こりゃー、良性の手術ではなかったなと思い、母に聞くと「境界悪性だったよ」と。母は切り取った私の臓器も見せられたそうで、片方の卵巣は湿疹みたいなぶつぶつだらけだったそうだ。

そこで両方の卵巣と子宮と大網を摘出したことを知る。

その後は一晩中、一時間おきに看護師さんがきて熱や血圧などを測ってくれていた。
ありがとうございます。

翌日も熱は下がらず、血圧も上がらず、自己血を点滴で輸血する。
昼過ぎに一度立ち上がらせられたが、脳貧血を起こしてしまい、そのままダウン。
夕方には室内トイレまで歩いて、カテーテルをはずしてもらうが、お小水はしばらくでなかった。
歩きだしたので血栓防止のポンプも外れる。これが手術翌日の夕方。

このとき、母と姉が部屋にいたが、ぬきうちで、手術日を勘違いしていた方がお見舞いに来てくださった。本当に、気持ちは大変ありがたいのだが、この状態で見舞いに来られるのは非常に非常につらかった。
人が入院したらお見舞いに行きたくなるものだが、本当に状況は見極めて行かないと相手がつらい思いをするのだと、本当に実感した。

そして手術の次の次の日の朝、背中の部分麻酔がはずれ、はずれた途端に死ぬほど痛い思いをし、痛み止めの点滴を入れてもらい、4人部屋に戻った。もちろんベッドごと。

点滴はその後2日続き、その翌日からやっと流動食が始まった。

ああ、あらためてえらいこっちゃでしたよ。

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